【本】魂のジュリエッタ / フェデリーコ・フェッリーニ

魂のジュリエッタ

偉大なる映画監督フェデリーコ・フェッリーニの、処女小説にして唯一の小説である「魂のジュリエッタ」を読みました。
これは小説ではあるものの、1964年に製作された映画『魂のジュリエッタ』の第一草稿でもあるそうです。

主人公のジュリエッタは、夫の浮気を知り、時折姿を現す妖精や幽霊たちを畏れ、抑圧された自分の性的記憶に怯える、かよわき主婦です。
ちなみに、フェッリーニの妻の名はジュリエッタ・マシーナ
職業は女優で、映画『魂のジュリエッタ』でもジュリエッタ役を演じています。

いやー、どうして芸術家というものは、こうまでエゴイスティックなんですかねぇ…。
“芸術家”にはなれたとしても、“芸術家の妻”には、どうやったってなれません。。。

<STORY>
ジュリエッタは初恋の男性と結婚し、幸せで優雅な生活を送っていた。マダムたちの集まりで、霊媒を呼んだ降霊会に参加して以来、様々な霊の訪問を受けるようになる。不気味なオラフ、彼女を誘惑するカサノヴァ、女の悦びを教えようとするイリス…。その頃、彼女は夫の浮気を知り、嫉妬に身を焦がす。そして、自らもパーティーで出会った男と官能を味わおうとするが、その瞬間、火に焼かれて殉教した聖女のイメージが彼女を襲う…。

<感想>
映画は未見なので、小説版の感想です。

主人公のジュリエッタは、意識するとしないとにかかわらず、様々なものに抑圧されてきた女性です。

妊娠した母を捨てた実の父。
母と再婚し、12歳までジュリエッタを育ててくれたファシストの義父。
ジュリエッタに出生の秘密を告げた公証人の男。
尼僧院の慈善劇で演じた、金網の上で焼かれて殉教した乙女。
踊り子と駆け落ちしたおじいさん。

様々なものに抑圧されてきた彼女の精神は、夫の浮気をきっかけにして自我の崩壊の危機に瀕し、様々な霊として姿を現し、彼女の精神を解き放とうとするのです。

なぜ、こんなストーリーの主人公に、フェッリーニは自らの妻の名を付けようとしたのでしょう。

なぜ、1963年に『8 1/2』で自らの魂の彷徨を映画化し、1964年に『魂のジュリエッタ』で妻と同じ名を持つ女性の魂の彷徨を映画化したのか。
今回は小説を読んだだけなので、そのあたりの深い事情についてまったく調べられていないのですが、興味深いところです。

『寄席の脚光』(1950)、『道』 (1954)、『崖』(1955)、『カビリアの夜』 (1957)と、自らの映画にも出演してきた、公私共にパートナーである女性は、やはり自分の分身のようなものなのでしょうか。

自分の苦悩を映画化し、自分で傷口に塩を塗るような行動をとるのと同様に、妻の名を借りて、妻・そして自分の苦悩を映画化しようとしたのかもしれません。
自分・そして他人を傷つけたとしても、自己表現がやめられない…、これがエゴでなくて、なんなんでしょうか。

ちなみに、この作品について、当のフェッリーニの妻、ジュリエッタ・マシーナはこう言っているそうです。

「(ジュリエッタは)ぜんぜんわたしと似ていません。でもこれが、誰にもわからなかった。わたしがあのジュリエッタじゃないのは、マリオ・ピスがフェッリーニじゃないのと同じなのに。
(中略)
でも映画のジュリエッタは内気で、抑圧され、コンプレックスのかたまりのよう。あなたに言ってしまうと、わたしは彼女がずっと嫌いだったし、とても理解なんかできなかった。地中海型の女は好きじゃないわ。小さい頃は母親の言いなりで、大きくなると夫に寄生しなければならないなんて。わたしの性格はぜんぜん従順なんてものじゃないし、子供の頃から両親を従えていたのはわたしの方よ。ジュリエッタの役を引き受けたのは、つまり、もしわたしがこんな性格じゃなかったら、そうなっていたかもしれないような人間にたいする、無意識の防御じゃなかったかな。ところであなたはわたしが自分の夫を、あんなふうにやりたいようにやらせていたと、一言も言わず、何の説明も要求せずにいたと思っているの? それどころか、もしそんなことがありでもしたら、彼の頭を叩き割ってやるわ」(「魂のジュリエッタ」序文より抜粋)

夫の頭をたたき割るだなんて、かなり気の強そうな奥様です。まあ、女優だしね。
でも、説明を要求する奥様に対して、フェッリーニ氏がどんな説明の言葉を述べたのか…、かなり気になりますね。

そういえば、この物語の序文で、フェッリーニの名優にして、映画『魂のジュリエッタ』の撮影についての本を監修していたトゥリオ・ケージッチは、フェッリーニはメモなどを常に細かくちぎって捨て、メモを盗み見ることすら許さなかったと言い、こう述べています。

「そういうわけで、岸辺に流れついた瓶詰めの手稿を拾い上げた時のように、この長い物語が陽の目をみることにわたしは驚きを禁じ得ない。『魂のジュリエッタ』の第一草稿であるこの書き物は、まさに珍しい貴重なドキュメントと言える。フェデリーコがこれを捨てもせず、隠しも忘れもせず、スイスの友人、ディオゲネスのダニエル・キールにドイツ語での出版を示唆したということには、きっと何か意味があるのにちがいないのだ。八九年の四月、彼は契約書にサインをする。だがどうしてこんな例外的な行為に及んだのだろうか。当時『魂のジュリエッタ』の撮影についての本を監修していたわたしにとって、第一草稿の復活は、言ってみれば死後の悪ふざけだ。どうして監督はこれを見せてくれなかったのだろう。」(「魂のジュリエッタ」序文より抜粋)

この小説の出版は、1989年なのですね(日本での初版発行は1994年)。
映画版だけではなく、小説版として、映画製作から25年、四半世紀も経ってから出版契約に至ったという点も、興味深いです。

映画『NINE』の公開で、またフェッリーニ回顧の流れが広がりそうな気もするし、ちょっとフェッリーニについて勉強してみようかな。
まずは、映画『魂のジュリエッタ』を観るところから始めないと、ですね。

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