【本】グロテスク / 桐野夏生

グロテスク

1997年、渋谷・円山町のアパートで、ある女性が遺体で発見された…いわゆる「東電OL殺人事件」と呼ばれる事件を下敷きにした桐野夏生の小説「グロテスク」

映画『東京島』を観て、桐野夏生作品が読みたくなったので、「グロテスク」を再読しました。

本書で描かれているのは“自分で値付けした自分の価値”が、“世間が値付けした自分の価値”とかけ離れてしまった人間たちが、その需要と供給のバランスをとろうとして、心身のバランスを崩していく様子です。

自分を正しく見ることの難しさ、人間がプライドを保とうとすることのグロテスクさを、まざまざと見せつけられました。

<STORY>
スイス人と日本人の間に生まれた平田姉妹。妹のユリコは怪物的な美貌を持つ美女として、常に人々の視線を集める存在だった。平凡な外見の姉は、ユリコと離れるために猛勉強して、私立の名門校に高校から入学する。そこで彼女は、“自分の努力次第で未来は拓かれる”という幻想を無邪気に信じている佐藤和恵という少女と出会う。20年後、ユリコと和恵は、チャンという男に殺される。ふたりは娼婦として渋谷の街角に立っていたのだ…。

<感想>
「東電OL殺人事件」をモチーフにしているこの作品。
とはいえ、さすが桐野夏生。ストレートにこの事件を描いているわけではありません。

怪物的な美貌を持ったユリコ。
そのユリコに劣等感を感じ続けてきた結果、努力ではどうにもならないことがあるという諦観を持ち、人への“悪意”を生きるための武器にしているユリコの姉。
ユリコの姉の高校時代の同級生で、名門女子高でバカにされながらも、それに気付かずに努力を続ける和恵。

物語は、ユリコの姉の語りを中心に、ユリコの手記、和恵の日記、ユリコと和恵を殺した中国人・チャンの告白から成り立っています。

東電OLをモデルにしたキャラクターは、佐藤和恵です。

努力は報われると信じ、中学校で猛勉強して憧れのQ女子校(慶応女子校がモデル)に入学した和恵。

意気揚々と入った高校で、彼女は初等部からエスカレーターで上がって来た内部生たちに「ダサい」と馬鹿にされます。Q女子校には明確なヒエラルキーがあり、幼稚舎からエスカレーターで上がって来た生徒たちが、最上部に属しているのです。
彼女たちはもちろん経済的にも裕福で、幼い頃からブランド物を身につけるのが当たり前のような子たち。そんな彼女たちにとって、途中入学して来た和恵など、眼中にない存在。彼女たちに対抗するには、ユリコのような誰からも一目置かれる美貌を備えるか、天才的な頭脳を備えるかしかなかったのです。
しかし、和恵はそれに気付かず、学園内でも目立つきれいな子しか入れないチアリーダー部に入部を拒否され、「私がチアリーダー部に入れないのは不公平だ」と不満をぶつける、空気を読めない少女でした。

その後、私立大学の最高峰と目されるQ大学の経済学部に入学した和恵。
卒業後は、父親のいた大手ゼネコンに女性総合職(その頃は総合職という言葉もなかったらしいですが)として入社。
同期入社の東大卒の女子社員・山本に対抗して努力を続けた和恵ですが、山本はあっさり寿退社してしまいます。
山本は、東大という日本の最高学府を卒業しながら、会社員としての人生を捨て、女性としての幸せを求めたのです。
父親が死んでしまって、一家の大黒柱となっている和恵は会社を辞めることもできず、さりとて男性社員と同じような出世もできず…。
会社員としての人生に不満を抱きながら、だんだんと怪物化していくのでした。

努力すれば報われると信じ、男性に負けないように努力を続けてきた和恵は、結局は男社会に認められることはありませんでした。
「女は男にはなれない。男社会では認められない」と悟った和恵が、男社会に認められるためにとった別アプローチが“娼婦”という夜の職業だったのだと思います。

「これからの時代は、女も立派に働かなくてはいけない」
「女性だって、男性と同じように仕事をすれば出世は可能なのだ」
と、スローガンばかり立派で、結局は受け入れ態勢が整っていなかった、男女雇用機会均等法時代の落し子のような存在が、和恵だったのかもしれません。

それにしても、面白いのは、主要登場人物のうち、幼い頃から美貌で鳴らしたユリコ以外の人間は、誰も自分の現状を客観視できていないこと。
みんな、自我ばかりが肥大し、自分が作り上げた虚像を自分自身だと勘違いして生きています。

でも、ユリコだけは、自分自身が“生まれながらの娼婦”だということをはっきりと認識しているのです。
「男は嫌い。でも、セックスは好き」と公言し、男がいるからこそ生きていけるという、“怪物”となった自分を知悉した彼女。
どんなに美しく生まれても、いや、美しく生まれたからこそ、男の慰み者である娼婦としてしか生きていけないユリコは、「今に怪物を愛でる男が現れる。きっと、そいつはあたしたちを殺すわよ」と、自らを怪物と認め、ひっそりと死を受け入れるのでした。

突出した存在であれば、自分自身をありのままに受け入れることができる。
でも、そんな突出した存在になれず、そんな存在を指をくわえてうらやましそうに見るしかない人間は、どんどんと自分自身が創りだした幻想に蝕まれていく…。

東電OL殺人事件という、時代のアイコン的な事件を通して、平凡な人間が持つグロテスクな一面を垣間見せてくれる桐野夏生は、やっぱりさすがです。

桐野夏生
公式HP:http://www.kirino-natsuo.com/

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