【映画レビュー】ストックホルム・ケース ／ Stockholm

ストックホルム症候群。
誘拐や監禁などの犯罪被害者が、生存戦略として犯人に過度の連帯感や好意的な感情を抱く現象を言います。

この言葉が生まれるきっかけとなったのが、1973年8月に発生した“世界一有名な銀行強盗事件”、ノルマルム広場強盗事件です。
この映画『ストックホルム・ケース』は、そのノルマルム広場強盗事件で起こった出来事を忠実に、しかしフィクションとして描いています。

しかし、この映画を観ていると、被害者が犯人を好きになるのが心理現象ではないように思えてしまったり……。
イーサン・ホーク演じる犯人・ラースのキャラクターがあまりに人間くさく、ダメダメで滑稽ながらもなんとも魅力的な男なのです。
そりゃあ、真面目で保守的な女性も、母性本能をくすぐられたりもして好きになっちゃったりしちゃうよなー、なんて。。。

1973年、ストックホルム。クレジット銀行に銀行強盗が入り、ビアンカら3人の行員を人質に、銀行内に立てこもる。犯人のラース・ニストロムは、犯罪仲間で服役中のグンナー・ソレンソンを刑務所から出すように要求し、グンナーも連れてこられた。ラースはさらに逃亡資金や車を要求するが、政府や警察はなかなか持ってこない。立てこもりは3日に及び、ビアンカたちはラースの人となりを知る。彼らはやがて、不思議な共感で結ばれていく……。

この映画『ストックホルム・ケース』では、収束まで6日間かかったという実際のノルマルム広場強盗事件で起こった出来事を、3日間の中で描いています。

イーサン・ホーク演じるラース・ニストロムは、マーク・ストロング演じる友人のグンナーを刑務所から出すために、銀行強盗を起こした男。
ボブ・ディランを愛し、アメリカに憧れる彼は、ヒッピー風の長髪のカツラとカウボーイハットをかぶり、革ジャンでアメリカ人の名を名乗って銀行に乗り込みます。
最初は強面を通していしたが、人質たちと時間を過ごすうち、だんだんとその素顔が人質たちにも伝わるように。

人質の女性が生理になったことを知ると、「エマージェンシー！」と大慌てで警察の前に現れ、タンポンを要求したり。
愛するボブ・ディランの曲を歌ったり。
自分の生い立ちや夢を語ったり。
だんだんと彼の心や思いが、人質や観客に伝わってくるように描かれています。

ラースは考えなしで浅はかな人物ではありますが、その犯罪行動への動機は真剣なもの。
そのアンバランスさが滑稽でもあり、魅力的に感じられるようになります。

だからこそ、アメリカンで妙な服装やカツラをつけ、歌を歌ったりラジオで音楽を流したり、映画『ブリット』に登場するのと同型のフォード・マスタングを逃走車を要求したり、人質のためにタンポンを要求したり、人質とセックスまでしてしまうようなクレイジーな犯人ではありますが、ついつい、人質や観客も彼に好意を抱いてしまうのです。

ノオミ・ラパス演じる人質のビアンカは、だんだんとラースに心を開いていき、今個室でセックスまでにしてしまっても、しょうがないと思わせる魅力があるのです。

対する警察や政府は、対応も遅く、責任逃れに終始するような印象。
電話でラースと話したスウェーデン首相のオロフ・パルメも人質の安全より政府の体面を重視するような対応。人質にとっては、自分たちを見捨てているような印象を受けてしまってもしょうがないでしょう。

しかし、このラースというキャラクターが魅力的すぎるがゆえに、人質たちが彼に好意を抱くという心理が“ストックホルム症候群”という“生存戦略としての心理現象”というよりも、魅力的な人物に好意を抱いてしまうという、普通の心理に思えてきたりもするのですが……。
イーサン・ホークは、ラースというキャラクターを愛嬌と哀愁をもって演じ、とても魅力的なキャラクターに仕上げています。

『ブルーに生まれついて』でもイーサン・ホークとタッグを組んだロバート・バドロー監督は、クレイジーな状況下で変化していく人の心の複雑さを、見事にドラマに落とし込んでみせてくれました。