ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日 ／ Life of Pi

世界的ベストセラーとなったカナダ人作家、ヤン・マーテルの原作小説「パイの物語」を『楽園をください』、『ブロークバック・マウンテン』のアン・リーが監督した映画『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』。

驚異的なまでの美しい映像と、人間の想像力の偉大さにうちひしがれてしまうような、素晴らしく美しく寓話的な一作です。

3Dという表現をフルに活かした映像は、“映画を観る歓び”を思い出させてくれます。
特に、鯨のシーンとトビウオのシーン…。
これは、思わずのけぞってしまうこと請け合い。

出来る限り大きなスクリーンで、出来る限り音響・映像のいいところで、この素晴らしい映像を浴びるように楽しんで欲しいと思います。

極限状態に置かれた人間が、たった一人の力でサバイバルしていくという物語というと、最近ではジェームズ・フランコ主演の『127時間』などが思い出されます。
『127時間』で主人公は、たった一人で渓谷の間の岩に挟まれて身動きが取れなくなりますが、この『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』では、主人公のパイは大西洋の大海原に取り残されてしまうのです。

しかし彼は厳密に言うと“たった一人”ではありませんでした。
偶然にも一緒に救命ボートに取り残されてしまったベンガルトラのリチャード・パーカー、彼と共に227日間の海の旅に放り出されてしまうのです。

ベンガルトラと言えば、肉食の危険な動物。
パイはリチャード・パーカーに食べられてしまう危険を常に感じながら、漂流した日付を数え、真水を作ったり魚を捕らえたりという仕事をこなし、自分の思いや日々の出来事をノートに綴り、出来る限り規則的な生活をしながら日々を過ごして行きます。
自らを殺してしまうかもしれない“強大な敵”と共生していく術を見つけることにより、パイは広大な海というもう一人の“強大な敵”を味方につけ、そのサバイバルを成し遂げていくのです。

その227日間の旅は、映像のイマジネーションに満ちた、神秘的で美しいもの。
人の心を映し出す鏡のように凪いだ美しい穏やかな海、すべてをなぎ倒しすべての生命を殺してしまいそうな激しい嵐、生命感にあふれる野生の海の生物たち。
もちろん、ベンガルトラのリチャード・パーカーの様々な行動も、想像力の粋が詰まったものと言えるでしょう。

素晴らしい映像の数々、突然の冒険の終わり、意外な告白…、この映画のすべてが、我々にこれまでにない驚きを与えてくれる一作です。

そう言えば、この作品のプレスシートで紹介されていた、驚きのシンクロニシティをひとつ。
エドガー・アラン・ポーが1837年に発表した小説「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」に、リチャード・パーカーという人物が出てきます。
その人物は、海を4人で漂流中に食料が尽きてしまい、クジの結果、“いけにえ”として仲間たちから食べられることとなってしまいました。

そして、この小説の発表後から47年後の1884年、“ミニョネット号事件”と呼ばれる事件が起こりました。
航海中に難破した“ミニョネット号”から脱出した4人の乗組員。
漂流20日目に、彼らの中の一人が、殺害され、他の3人の乗組員たちの食料にされてしまいました。
その“いけにえ”になった人物の名は、リチャード・パーカーでした…。

この二人のリチャード・パーカーの運命を考えると、本作のベンガルトラ、リチャード・パーカーの存在について、もう一度その意味を考え直したくなってくる気がしませんか？