【映画レビュー】ザ・コーヴ / THE COVE
2010年度のアカデミー長編ドキュメンタリー賞を獲得し、話題となった映画『ザ・コーヴ』。
イルカの血で真っ赤に染まった入り江の映像は、確かにショッキング。
イルカ漁反対のプロパガンダ映画として、とてもストレートに、製作者側の訴えかけたいメッセージが伝わってくる映画です。
とはいえ、この映画を観た日本人が抱く感想に関しては、製作者の意図が成功しているとは限らないとは思いますが。。。
<STORY>
1960年代にイルカ人気のきっかけを作ったリック・オバリーは、現在イルカの開放運動家として活動している。日本の和歌山県太地町にてイルカの追い込み漁が行われていることを知ったオバリーは、太地町のイルカ漁の実態を暴こうとしているのだ。なんとか撮影を敢行しようとするが、地元民に撮影を妨害されてしまう。地元民たちの目を欺くため、オバリーはハリウッドから撮影隊を呼び寄せ、漁が行われている入り江の撮影を計画する…。
<解説>
イルカ解放運動家のリック・オバリーは、人気テレビ番組「わんぱくフリッパー」のイルカ調教師として現在のイルカ人気のきっかけを作った人物。
自らが調教したイルカ、キャシーの死をきっかけに、人間の身勝手でイルカに多大なストレスを与えていることを知った彼は、イルカ解放運動を始めます。
その執念は、なんだかもう妄執の域に達しているようにも見えるほど。
彼は、イルカの可愛さ、賢さ、イルカをビジネスに利用する人間の身勝手を語り、イルカ漁の野蛮さや不当性を切々と訴えます。
そして、イルカ追い込み漁が行われている和歌山県太地町に潜入するのです。
本作は、そんなオバリーの、贖罪のためのイルカ解放運動の模様を追ったドキュメンタリー。
いえ、ドキュメンタリーというよりもプロパガンダ映画と言った方が正しいかもしれません。
太地町では、世界の水族館に出荷するためのイルカ漁を行っています。
しかし、水族館に出荷できないイルカに関しては、イルカを追い込んだ入り江で屠殺し、食肉用に加工して出荷してもいるのです。
物語の中盤、入り江の近くで撮影をしている撮影クルーたちの元に、追い込み漁から逃げようとした一匹のイルカが姿を現します。
追い込み漁に疲れ、哀しげにキューキューと鳴くイルカ。
そのイルカをみて涙ぐむ女性撮影クルー。
女性クルーの映像には、太地町の漁師がゲラゲラと笑っている声が被っています。
女性クルーの近くにいた漁師たちが、何かを話しながら、笑っていたのです。
その映像は、観る人に「イルカに苦痛を与えながらも、何も感じず、楽しそうに笑っている野蛮な民族」という印象を与えるでしょう。
日本語を解する日本人であれば、イルカの悲惨な様子を見て笑っているわけではないことはわかりますが、日本語を母国語としない人にとっては、「イルカの様子を見て笑っている」と思われてもしょうがない映像です。
この映画は、終始そういった編集が行われ、“イルカ漁をする人々=悪”といった印象を与えるように出来ています。
映像作品である以上、作り手の主観が入って来るのは当たり前のことだとは思うのですが、あまりにも行き過ぎた編集には、逆に反発を覚えてしまいました。
この映画の中では、日本人にはあまり知られていない事実がいくつか紹介されています。
「」でくくっているのが、映画の中で取り上げられている事象です。
ただ、そのデータには諸説あるそうで、映画のプレス内に注意書きがある点を()で補足しておきます。
(1)「毎年日本で2万頭近くのイルカが捕獲されている」
(イルカ漁業は政府によって毎年約2万頭の捕獲枠が設定されていますが、近年の実際の捕獲実績は2万頭以下に減っています)
(2)「ショー用のイルカは世界中の水族館に15万ドル以上という高値で売られている」
(イルカの値段については諸説あり、1頭500万円くらいが平均とする資料もあります)
これらの「」内のデータは、製作側の調査によるもの。
太地町側や日本側から正式に出したデータがないので、それが本当に正しいものなのかどうかわかりません。
太地で、毎年何頭のイルカが捕獲されており、その内の何頭が水族館などに出荷され、何頭が食肉用に加工されているのかは、ぜひ知りたいところです。
本作を観ていると、追い込み漁にて捕獲されたイルカのほとんどが、入り江で屠殺されているように見えてしまいます。
また、他にも気になる事象が紹介されていました。
(3)「太地付近ではイルカ肉やくじら肉が食用として流通しているのだが、イルカの肉をくじら肉と偽装して販売している」
(4)「(イルカは海中での食物連鎖の頂上に位置するため)総水銀の暫定的規制値に対して、2000ppmという異常な数値を出したイルカ肉がある。」
(この数値は一般的な平均値ではない上、内臓部分にあたる肉ではないかという見解もあります。〔厚生労働省の実態調査では、バンドウイルカの肝臓で総水銀870ppm(最高値)。バンドウイルカの総水銀濃度は、平均値21ppm〕。)
食品偽装や食品汚染の問題には、現代の日本はとてもセンシティブになっています。
だからこそ、この問題を一方的な主張として取り上げるのではなく、正確なデータを示して真摯に告発したのであれば、この映画の受け止められ方も違って来ただろうに…と、残念に思います。
どうしても、自分たちの主張に都合のいいデータや映像を並べているばかりのように思える『ザ・コーヴ』。
「あんなに可愛く賢いイルカを虐殺する日本人は、なんて野蛮な人間なんだ! 無知なヤツらは汚染されたイルカ肉を平気で食ってるんだぜ。汚染の実態は、実は隠ぺいされてるんだぜ。陰謀だ!」
日本側の反証データを詳しく紹介せず、そんなようなことを言われてもね…。
日本人である私は、「イルカ漁の善悪」について真摯に考えようと思う以前に、「日本を悪とするプロパガンダ映画の製作手法」にどうもアレルギーを起こしてしまいました。
でも、私が日本に生まれていなければ、なんの疑問も持たず、素直に本作の内容を鵜呑みにしてしまったかもしれません。
でも、この映画がアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を獲っているんですよねぇ。。。
そう言った意味では、「ドキュメンタリーを観る上でのリテラシー」について考えさせてくれた、貴重な一作ではありました。
『ザ・コーヴ』(91分/アメリカ/2009年)
原題:THE COVE
公開:2010年6月26日
配給:アンプラグド
劇場:シアターN渋谷ほか全国にて順次公開
ルイ・シホヨス〔海洋保全協会(Oceanic Preservation Society, OPS)設立者〕
出演:リック・オバリー/ヘイデン・パネッティーア/イザベル・ルーカス
配給公式HP:http://thecove-2010.com/
OPS公式HP:http://www.thecovemovie.com/japanesefiles/the-cove-store-files-final/Cove-home-page-absolute-url.html
【参考記事】
ザ・コーヴ 太地町長「作品には事実誤認がある」
http://www.asahi.com/national/update/0308/OSK201003080097.html
【アカデミー賞】「ザ・コーヴ」受賞で地元の和歌山・太地町が猛反発
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/100308/tnr1003081335010-n1.htm
強引な手法、賛否分かれる ドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2010052502000093.html
『ザ・コーヴ』狂想曲 海外メディア・関係者・監督を直撃!(前編)
http://www.cyzo.com/2010/03/post_4060.html
『ザ・コーヴ』狂想曲 海外メディア・関係者・監督を直撃!(後編)
http://www.cyzo.com/2010/03/post_4071.html
イルカ殺しの隠し撮り映画、『ザ・コーヴ』の穏やかでない船出
http://xbrand.yahoo.co.jp/category/entertainment/3990/1.html
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