【本】アンボス・ムンドス / 桐野夏生
7編の短編小説が収録された桐野夏生の短編集「アンボス・ムンドス」。
相変わらず、ドロドロした女性の内面を克明に描き出しています。
本作の特徴は、自分にコンプレックスを持った主人公が多いこと。
彼女たちは、自分の容姿や出生にコンプレックスを持ち、心の中で他人に激しく毒づくことで、自らのプライドをなんとか保とうとしています。
自分で作り出した毒物に、自家中毒になっている感じです。
<STORY>
あるペンションで偶然出会った作家に、女性が自らの体験を語り始める。小学校教諭だった彼女は24歳の時、46歳の教頭と不倫をしていた。自由に会うこともままならないふたりは、「人生で一度だけ思いきって」と一週間の海外旅行に出かける。しかし、地球の裏側から帰って来た彼らを待ち受けていたのは、ある女子児童の事故死の一報だった。担任教師と教頭が連れだって旅行に行っていたことが世間にばれ、ふたりは非難にさらされる…。(表題作:「アンボス・ムンドス」。その他6編を収録)
<感想>
表題の「アンボス・ムンドス」は、短編「アンボス・ムンドス」登場人物の不倫カップルがハバナで泊まったホテルの名前です。(どうやら実在しているらしい!)
意味は「両方の世界。新旧ふたつの世界のこと」だそう。
このホテルの名の意味を聞いて、不倫カップルは“表裏”という言葉を思い浮かべます。
“私が気にいった言葉は、表裏でした。だって、私たちは裏の世界でしか生きられないのです。こんな苦しいことがあるでしょうか。そう思った途端に、この旅行の輝かしさが作る闇の濃さを感じて、怖くなったことを覚えています。”(短編「アンボス・ムンドス」より抜粋)
正しく、この不倫カップルは日本に帰ってきて、人間としても、職業人としてもどん底に突き落とされるような目にあいます。
光がまばゆいほど、闇は濃かった、ということでしょう。
この短編集に納められた短編小説の登場人物たちは、みな二面性を持っています。
表面上は太っていて醜く大人しい女性が、内心では驚くほどの憤懣を抱え、常に憤っていたり、化粧っ気も男っ気のない地味な四十路女性が、秘密で性の売買が行われている島に、奴隷として自分の体を売りに行っていたり。
ここまで極端ではなくても、人は誰しも二面性を持つもの。
本書を読んでいると、“自分の闇はまだここまで深くなっていないだろうか?”と、ちょっとした戦慄を覚えます。
本書の中で、私が一番気に入ったのは、「浮島の森」という作品。
この作品は、谷崎潤一郎と佐藤春夫の間に起こった、いわゆる「妻君譲渡事件」をモチーフにしたものです。
谷崎の実娘・鮎子さんをモデルとし、母・千代と一緒に佐藤春夫に譲渡された娘の心情を、桐野夏生らしい視点から描いています。
実は私は、松子夫人と結婚した後に書かれた谷崎潤一郎作品が大好き。
大学の卒論では谷崎と松子夫人の実際の生活がいかに小説「細雪」に反映されているかを検証したほどです。
そんな私にとって、妻を譲渡した作家が後に結婚した女性の名が“幸子”となっているのは、かなりのツボ。
そう、「細雪」の主人公(松子夫人がモデル)と同じ名前じゃないですか!
この一点だけで、この作品はガッツリ私の心をつかんでしまったのでした。。。
桐野夏生
公式HP:http://www.kirino-natsuo.com/
文藝春秋 (2005-10-14T00:00:01Z)
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