【映画レビュー】ドライブ・マイ・カー
第74回カンヌ国際映画祭にて脚本賞受賞、第94回アカデミー賞作品賞ノミネートなど、国内外で高く評価される濱口竜介監督による映画『ドライブ・マイ・カー』。
深い喪失を抱えつつもそれを自覚しないように生きてきた男女が出会い、車の中で時を過ごすことで、いつしかその喪失による自分の傷を自覚していく物語です。
村上春樹の小説が原作ですが、この作品のすごいのは、原作にない濱口監督が付け加えた部分です。
人と人が理解し合うために必要なものはなんなのか……。言葉、音声、肉体、空間、過去、意志……。
チェーホフの「ワーニャおじさん」のセリフが登場人物たちに気づきを与えていく、その素晴らしい脚本ストーリーテリングには脱帽させられてしまいました。
STORY
舞台演出家の家福悠介は、妻の音を愛しあっていたが、彼女がたまに他の男と寝ていることを知っていた。そんな音の急逝から2年。家福は広島の演劇祭のディレクターを務めるため、愛車の赤いサーブで広島へ向かう。演劇祭のルールで家福は運転を禁じられ、渡利みさきという女性ドライバーを紹介された。演劇祭の会場まで、家福はみさきの運転で通うこととなる。その演劇祭には、音と関係のあった俳優、高槻耕史も参加していた……。
解説
西島秀俊演じる妻を亡くした喪失を抱えながら生きる男・家福悠介が、知らない土地で三浦透子演じる知らない運転手と時を過ごすうち、自らの隠された気持ちを自覚していくこの物語。
主人公は演劇の演出家として、韓国・台湾・フィリピン・インドネシア、手話など、母語を同一としないメンバーとともに、その俳優たちの言語を生かした演劇を作っています。
その演劇はとても雄弁であるにも関わらず、使われる言語が多様であることにより、語られる内容を理解する人と理解できない人を明確にわけていきます。
どんなに力強く語っても、わからない人はいる。でも、それは字幕や通訳といった的確なツールがあれば、理解することはできます。
むしろこの作品で明らかになるのは、同じ言語を使っている同士であっても、的確なルーツがなければわかり合えないということ。
自分の気持ちを雄弁に語っても、それを押し付けるのみで相手を理解しようとしなければ、わかりあうことはできません。
それを象徴しているのが、岡田将生演じる俳優の高槻耕史です。
彼は、霧島れいか演じる家福音と関係があったと思われる若手俳優。彼は音を亡くした哀しみを家福と共有したいと、家福が演出する舞台に俳優として名乗りを上げてきた人物。
自分の気持ちをとうとうと語りますが、彼は家福の感情に寄り添おうとしません。
それは、俳優としてのあり方も一緒です。彼は英語を理解できないため、他の俳優同士が英語でコミュニケーションを取ったり、手話で挨拶をしたりしていても、自分だけは意思疎通ができず、疎外感を感じています。
意思疎通の努力をする前に、自分のできる肉体表現、肉体でのコミュニケーションのみでやり過ごそうとするのです。
ある意味、母語の違う者同士がそれぞれの言語を使ってわかり合おうとする家福の舞台において、彼だけが異分子でした。
でも、この異分子が存在したからこそ、家福、そしてドライバーのみさきの関係に、ある化学反応が起きたと言えるでしょう。
言葉の力と言葉の無力さを同時に描いたこの作品ですが、影の主人公は、霧島れいか演じる音が読み上げる「ワーニャ伯父さん」の“セリフ”や“声”でもあります。
あえて感情を込めずに無機質に読み上げられた「ワーニャ伯父さん」のセリフたちが、聞くものに深い意味をもたらしていく……。
それは無表情の人形だからこそ、観る者に深い感情を伝えることができる文楽や人形浄瑠璃のよう。
劇中で使われる手話も、同じ効果を発揮しています。音声ではなく、手を合わせる音や口から発せられる空気音のみが聞こえることで、観客は集中し、朗々と謳い上げられるセリフよりも、より深く感情が伝わってくる……。
濱口竜介監督は、抑制こそが人間の感情をよりエモーショナルに昇華させるということを知り尽くしているのかもしれません。
不器用で、自分の感情をうまく認識できない主人公を描いたこの作品は、とても日本的な作品でもあります。
すごく日本的であるからこそ、すごく普遍的で世界に通じる物語なのです。
※この作品は第94回アカデミー賞でアカデミー賞国際長編映画賞を受賞しました。
作品情報
『ドライブ・マイ・カー』(179分/日本/2021年)
公開:2021年8月20日
配給:ビターズ・エンド
劇場:TOHOシネマズ日比谷ほか全国にて
原作:村上春樹
監督・脚本:濱口竜介
音楽:石橋英子
出演:西島秀俊/三浦透子/霧島れいか/パク・ユリム/ジン・デヨン/ソニア・ユアン/ペリー・ディゾン/アン・フィテ/安部聡子/岡田将生
Official Website:https://dmc.bitters.co.jp/
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